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<ノベル>
●協力、そして情報収集
「おめぇすげぇなぁ!! 姫さんの、本当の望みの為に……。やろうと思ってもなかなかできるもんじゃねぇ。力貸すぜ」
コキーユ・ラマカンタは涙ぐみながら、礼の玉に向けてそう言った。
(「これは宿命なのでしょうか?」)
礼の玉の話を聞いたミリューン・グローリーは彼女が持つ一振りの剣へと視線を落とした。それに銘打たれた文字もまた、八犬伝の物語に出てくるものと同じであった。
「……忠の思いは正しいのでしょう。でもぼくの剣たちは、特に忠の剣がそれを否定してます」
ミリューンは一振りの剣を鞘に収めたまま、前に差し出して言う。
「剣に心があるとは思ってませんが、ぼくの剣たちから声のようなものが聞こえる気がします。……そう、思っているだけかもしれませんが……。礼、持てる思いをぶつけなさい!」
言って、礼の玉へと協力する旨を告げた。
千曲 仙蔵、森部 達彦、小暮 八雲、古辺 郁斗の4人もまた、礼の玉の話を聞き、協力すると告げる。
八雲と仙蔵は玉を破壊する方法、他の――特に、忠の玉の持つ能力のことなどを礼の玉へと訊ね始める。
「攻撃方法とか、能力的なものは何か分かりますか?」
「能力か……念力に近いような力の波動を飛ばして、物理的な力を加えることが出来る……あと、移動なのだが、ある一点からある一点へ瞬時に移動することが出来るのだ……攻撃しようとしたら、その場に居なかった、ということがあるかもしれん……その点は、気を付けねばならぬところだな」
八雲の問いかけに、礼の玉は明滅を繰り返しながら答えた。
「テレポーテーション、みたいなものだろうか?」
移動手段を聞き、仙蔵がぽつりと呟く。
「じゃねぇの? 他は……弱点とかあれば、教えて欲しいんですが」
仙蔵の呟きに、八雲はこくりと頷いた。そして、更に情報を引き出そうと礼の玉へと訊ねかける。
「残念ながら、弱点という弱点はない……」
「そうか」
礼の玉の返答に、仙蔵も八雲も残念そうにしながら、話を続けた。
「勉強になるなぁ……」
達彦は八雲の礼の玉への対応を見て、そんなことを呟く。
八雲たちの聞き出した情報を元に、忠の玉へと対応すべく作戦を考え始めた。
「なんでおめーだけそんな風に動けんのかなぁ? 本来の性格の問題なんかな? 邪気みたいなもんがおめぇに来たときに特別何かしたとか、ねぇ?」
コキーユは作戦会議の途中、ふと礼の玉へと訊ねた。
「いや、特別何かしたなど、身に覚えはない……まぁ、おぬしの言うとおり、性格の問題などもあるのかも知れぬな……」
礼の玉は頷くように淡く光りながら応える。
「移動手段を考えると、互いに礼の玉を挟んで直線状には立たないようにした方が良いだろう。飛び道具などを使うものがいればなお更。避けられて、仲間に当たっては危険だ」
仙蔵が皆に告げる。
他の者たちはそれに納得して頷いた。
「昨日の晩、市街地の一部に膨大なエネルギーが放たれ、市民が巻き込まれているようですね……この辺りなのですが、何か覚えはありませんか?」
八雲がふと耳にしたニュースから、地図を広げて礼の玉へと訊ねかけた。
「ここは……昨夜、忠の玉と接触した後、一度一息ついた場所ではないか……大きな力の波動を感じて、すぐにその場を去ったのだが……」
ぽうっと点滅を繰り返しながら、礼の玉は答える。
「……膨大なエネルギー……、忠の玉が我を狙って、放ったのだろう……まだ近くに忠の玉が居るかもしれん……」
強く光り、礼の玉は昨晩出会った忠の玉の気配を捜した。確かに、地図で示された被害にあった辺りから感じられなくもない。
「向かってみましょう。居れば、作戦の元、破壊するべく動けば良いだけです」
「先生の言うとおりだぜ。礼の玉、早速行きましょう?」
八雲の言葉に郁斗は頷き、礼の玉に行動を促す。
他の者たちもその場に向かってみようと、足を向けた。
●忠の玉を討つ
礼の玉が感じ取る忠の玉の気配を元に、一行は市街地の一部へと来ていた。
「忠よ……!」
礼の玉は忠の玉を発見すると声をかけた。
「……来たか」
忠の玉は覚悟を決めていたかのように、明滅しながら礼の玉たちの方へと向き直る。
「行くぜっ!」
コキーユの声と共に、一行は忠の玉へと駆け出した。
「全力で行かせてもらうわ!」
ミリューンは、ロケーションエリアを発動させ、手元に8本の剣を呼び出した。そのうちの7本の小剣を忠の玉へと向けて放つ。
次々と襲い掛かってくる小剣をテレポートのような力で瞬時に移動することで避ける忠の玉。ミリューンは忠の玉が移動する距離を見て、7本目の小剣が攻撃するのと同時に、彼が移動するであろうところへと踏み込んだ。
7本目の小剣の攻撃を避け、瞬時に移動した忠の玉に向かって、8本目――ミリューンの手にした剣が振り下ろされた。
――キンッ!
刃と玉とがぶつかる。
玉の表面に傷がつき、小さな欠片が飛び散った。
コキーユは、棒状の武器で忠の玉を突くけれど、何度突いてもテレポートのような力で移動され、交わされてしまう。
「くそ、避けるんじゃねぇ!」
棒の端、縛ったワイヤーロープを解くと、そのロープが伸び、棒だと思われていた部分が7つに分かれ、七節棍と化した。
「白凪、行くぜっ!」
相棒の――七節棍の愛称を呼び、コキーユは忠の玉目掛けて振るった。一撃目が交わされてもすぐさま振るう方向を変え、次の手を繰り出す。
交わされても次の攻撃に移る……何度か、繰り返したところ、コキーユも忠の玉が何処まで移動するかが分かってきて、数撃与えることが出来た。
自身の気配を完全に隠して、忠の玉に悟られないように近付いた仙蔵は、独特の方法で唇を震わせた。震わせた唇から空気に干渉し、忠の玉の周りに空気の渦のようなものを作り出す。
「……なっ!?」
不意に自身が重くなったように感じた忠の玉は、思わず声を上げた。
「八雲、今のうちだ!」
仙蔵の声かけに、思うように動けず、テレポートのような力も発揮できない忠の玉に向かって、八雲が両の手に構えた銃の引き鉄をひき、乱射する。
放たれた弾丸は、玉の表面へといくつもの傷を与えた。
「……今だな」
遠距離からライフルを構えていた郁斗も風を読み、適した風が吹いてきたときに、ライフルの引き鉄をひく。
ライフルから放たれた弾丸もまた、一直線に忠の玉へと向かい、表面に傷を与えた。
舞を演じるような軽々とした独特の足運びで、達彦は忠の玉へと近付いていく。
忠の玉の周りは空気の渦が取り囲み、身動き取れにくくなっているため、達彦が近付く寸前で、仙蔵がその術を解いた。
達彦の一撃が忠の玉を襲う。傷ついた忠の玉に罅が走った。
「おのれ……ッ!」
忠の玉は明滅を繰り返しながら、自身の中にエネルギーを溜める。そして、皆に向かって、そのエネルギーを波動に変えて放った。
エネルギー波は、礼の玉を含む皆を襲い、傷を与える。けれど、昨夜、市街地の一部を襲ったほどの力は出ていなかったため、皆を吹き飛ばすほどではなかった。
●壊れる刻
テレポートのような力で逃げられながらも徐々に忠の玉へとダメージを与えていく。
表面は傷だらけで、罅も深くなりつつあった。
「忠よ……!」
礼の玉が声をかける。
そこへ忠の玉が最初に放ったエネルギー波に巻き込まれたりしながら、一度は忠の玉の元を訪れ、追い返された者たちがやって来た。
「我は、この街の者たちを殺しまわりとうない……姫様もそのようなこと、本当は望んでおらぬはずだ……!」
礼の玉は点滅を繰り返しながら、忠の玉へと語りかける。
「けれど、我らの意見は違えた……おぬしは他の玉を討つことはしない、と……。これだけ討ち合っても違えたままだというのならば……我は、主を討つ……っ!」
礼の玉の周りの空気が震える。彼へとエネルギーが集まっていく。十分に集まったところで、礼の玉はそのエネルギーを忠の玉目掛けて、撃った。
忠の玉はその場を動かず、礼の玉のエネルギーに貫かれ、砕けた玉の欠片が飛び散った。
「1つ、2つ……」
忠の玉を討った後、礼の玉は他の玉の気配を探った。街の至る所で討伐されていくのを確認していく。
「……恐らく、ほとんどの玉が主らのように、この街に住む者の手によって破壊されたようだ……心残すことは、ない……討ってくれるか?」
淡く光っていた礼の玉が、コキーユたちに向かってそう告げる。
「お前の気が確かな内はむざむざ壊れなくてもいいんじゃねぇの? 姫さんはどうすんだよぉ? 残していくのか?」
忠の玉へは躊躇いなく攻撃をしていたコキーユも礼の玉の破壊には躊躇してみせる。
他の者たちも共に戦った身として、彼を破壊することに躊躇いを見せた。
「では、私が……」
ミリューンはそう告げると、一番長い剣で礼の玉を貫いた。
先の戦いで傷を追っていた礼の玉はその一撃で全体に罅が入り、欠片が散っていく。
「ごめんな。けど、忘れねぇぜ、おめぇの志」
コキーユは飛び散った欠片を拾い上げ、呟くように声をかけた。
★ ★ ★
ゆるゆると陽が沈んで行く。
生温い風が臭気を運んで行く。
まるでそこにあるすべてのものが、それの場所を知らせるかのように。
ゝ大法師は山を歩いていた。
昔と、同じように。
あの時も、彼女を捜して、こうして山の中を歩いた。
「──伏姫様」
そして、見つけた。
川が流れている。
川。
そう、川の向こう側……。
そこに、姫がいる。
そして傍らには、ボロボロにひび割れた『義』と書かれた玉。
「金鋺大輔殿か……また来たのかえ」
美しく豊かであった黒髪は、今は白く振り乱されている。
ふっくらとした可愛らしい唇は、乾涸びて割れている。
「殺しに来たのかえ、金鋺大輔。それとも、また外してくれるのかえ?」
にぃ、とわらうと唇は引き攣れ、ぷつりと切れて血が滲んだ。
ゝ大は俯いた。
「その名はあの時、捨て申した。……姫様を殺してしまった、あの日に」
言うと、女は笑った。
森が不気味にざわめき、その声を掻き消して行く。
「金鋺大輔、金鋺大輔よ。私を殺しただと? 殺しただと! 貴様、貴様が殺したと! ひひひ、笑わせるな、笑わせるでないぞ、貴様が殺したなどと!」
目は赤く血走り、瞳からは赤い涙が幾筋も幾筋も零れ落ちていく。
「一思い、一思いに殺せぬなら銃など手にするでない、愚か者。迷うておる、迷うておるのだろう、金鋺大輔? 知っておる、知っておるぞ、貴様、私に懸想しておったろう。ひひひ、ここで叶えてやろうか、我は生き返った! 幸せか、幸せであろう、八房もおらぬ、貴様のものになってやろうかぁあははっはははははっ!」
ゝ大は唇を噛む。
思い出されるのは、鈴を鳴らしたような愛らしい声。
春の花が咲くような、優しい笑顔。
空は血色に染まっている。
俯いていると、すぅと細い枯れ木のような白い手が、ゝ大の頬に伸びて来た。目の前には、自分を見上げる少女。
「……私を見られぬか。さもあろう、のう、金鋺大輔」
いとおし気に頬を撫でる手。
ギリギリと爪を立てて、その頬を赤く染めた。
「まっか、まっかにならんとのう、貴様、貴様もならんとのう、目を、目を閉じるな、閉じる出ない、貴様、貴様が閉じるでない、見よ、見よ、貴様の罪を見よぉおおおおお!」
ゝ大はただ目を閉じてされるがままに引き裂かれた。
頬の肉が削られ、白い骨が覗く。
女は笑いながら削り取った肉を握り潰す。それから滴る血を赤く長い舌に絡ませて笑い続けた。
まっかだ。
「うまくいかぬのう。残った玉も『義』の玉のみ……ふふ、義はよいのぉ、戯れは面白かったか?」
『義』の玉はふよふよと弱い光を放つ。それに、女は笑った。
「そうかそうか、ふひひひひひぃい……我も、我も戯れたいのう、のう、金鋺大輔? 降りたい、降りたい、ここから出してくりゃれ」
削られた頬から流れる血が胸に降りてくる。べったりと血塗れた上に、女は頬を寄せた。ゝ大は動かぬまま静かに言い放った。
「……なりませぬ」
削られた肉の隙間から空気が漏れる。垂れ下がった皮がその空気に揺れた。
女は笑う。
「なりませぬ! なりませぬだと! ひひひい、金鋺大輔、貴様は変わらぬ! 変わらぬ変わらぬ変わらぬ、ではまた殺し損じるがよいぞぉおひいいいいいっ!!」
笑う。
甲高く。
風が。
生臭い風が運んでゆく。
今度こそ。
間違いは起こしてはならぬ。
「損じるがよいぞ! 貴様は私を殺せぬからなぁっ! ふひひひひ、今度は自ら死んでやらぬぞ、生き恥を晒せと申した者共にものど者共に思い知らせてやらねばなららならないのだからぁああああ」
今度こそ。
ゝ大は銃を構える。
間に合わなかった。
また、間に合わなかった。
だから、今度こそ。
為損じぬよう、こうして。
「なんじゃぁ、黒い筒を私に向けるとは、不忠者めが、手柄も上げられず帰ることもせず挙句私を殺し損ねた損ねた筒をまたたたまたまた向けたむけるむけるまたたまたまた」
額に。
指に力を込める。
引き金を引く。
筒が。
天を撃った。
ゝ大は目を見開く。
『義』の玉。
ぼろぼろにひび割れた『義』の玉。
『義』とは正義。
義の者は命令では従わぬ。
義の者は奴隷ではないからだ。
義の者は自らの義の為に義を尽くす相手の為に義を貫く。
『義』が選んだのは。
「いひぃひひひいあああはははははっ! 損じた損じたぞ、また損じたぞ、金鋺大輔、それでこそ貴様きさまさまよよおおぉおおいひひいひひひひ」
伏姫。
ぞぶり。
腹。
腹に。
腕。
細い。
枯れ枝のような。
声。
笑い声。
笑い声。
「さらば、さらぁばばかなかなまま金鋺だ大だいだいすす輔ぇえええ、あは、ははは、はは、は、」
銃声。
笑った顔。
醜く引き攣れ深紅に染まった顔。
ゝ大はじっと見つめていた。
ひび割れた『義』の玉は、二度同じことをする力は残されていなかった。
笑い声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
「今度こそ、おさらばです。……伏姫様」
『義』の玉は粉々に散って。
笑い声の主は干涸びた黒い灰になって。
消えていく。
溶けていく。
生臭い空気を一掃するような風が吹いて。
がしゃり。
銃が地に落ちる。
崩れ落ちる。
山伏姿の男。
「……姫様」
流れる。
瞳から。
溢れる。
次から次へと。
止めども無く。
ごろり。
転がった。
夜が来る。
空には。
満天の、星。
笑った。
そこには。
一つのフィルムと、一丁の銃が残った。
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クリエイターコメント | 【銀幕八犬伝〜礼の章〜】我、姫を敬い玉を討つ、納品させていただきます。 参加、ありがとうございました。 |
公開日時 | 2008-06-07(土) 19:00 |
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