★ 【銀幕八犬伝〜礼の章〜】我、姫を敬い玉を討つ ★
<オープニング>

 夜である。
 生温い風の吹く、厭に闇の深い、夜であった。
「許さぬ、許さぬぞ」
 ずるずると地を這うそれは、腹が膨らんでいるのも気にせず腹這いになって闇の中を進んだ。
「許さぬ、この私に再び生き恥を晒せと抜かした者共め」
 土を掻く細い指には赤が滲み、漆黒の瞳には止め処なく涙が溢れた。髪は乱れに乱れ、頬や額に張り付いている。白い顔は泥にまみれ、しかしそれを一向に気にした様子も無く、それはすすり泣きとも呻きとも取れる声で怨嗟の言葉を吐き散らした。
 やがてよろよろと立ち上がると、女の前には死の淵が大きく口を開けていた。闇よりも深い闇が、おいでおいでと手を拱いている。
 女は膨れた腹を悍まし気に見下ろした。胸元に下がる水晶の数珠を引き千切ると、爪の剥がれた赤い細指で懐の守り刀を引き抜き、何の躊躇も無くその腹を引き裂いた。
「呪うぞ、忌々しき街よ。この伏姫が死をもって、貴様らに災厄を齎して呉れる」
 ゆっくりと、女は闇の底に沈んで行く。
 女の最後の絶叫は、恐怖の叫びだったのか、それとも高嗤いだったのか。
 知る者は、いない。

 そして、明くる日、四月十五日未明。
 星々の煌めく夜、銀幕市には流れ星が降った。
 或る者は言った。
 暗く輝くその星は、天高く登り詰め、烈火の如くに落下したのだと。
 或る者は言った。
 冷たく光るその星は、大きな一つ星として空に昇り、八方に散ったのだと。
 或る者は言った。
「またワシは間に合わなかったのか……伏姫様……」

 数日後。
 対策課は騒然としていた。その中心には、山伏の風体をした坊主の男が神妙な面で植村と向き合っている。
「では、あの跡は、『里見八犬伝』から実体化した伏姫のものだと、おっしゃるのですね? そしてその伏姫が今回の事件を起こしているのだと?」
「そうさな、死した伏姫様が蘇り、仁義八行の玉に悪事を働かせている、という方が正しかろう。いずれにしても、これは早急に事を運ばねばならぬ。既に被害が出ていると、街を見て思った」
 坊主は、ゝ大法師(ちゅだいほうし)と名乗った。伏姫と同じ、映画『里見八犬伝』より実体化したムービースターである。
「そもそもの始まりから話そう。安房国滝田城城主がまだ神余光弘公であった時だ」
 悪臣・山下定包と公の妾・玉梓と名乗る心悪しき美女とが手を組み、光弘公を陥れ、挙句光弘公は騙されてあえない最期を迎えた。そのまま定包が滝田城主を名乗り、玉梓を妻に迎え、悪事の限りを尽くした。
 その山下を討ったのが、今は滝田城主である里見治部大輔義実である。
 義実が毒婦玉梓を捕らえた時、義実はその美貌と口の巧さにほだされ、殺すも哀れ見逃すか、と言った。しかしそれを止めたのが、譜代の重臣・金鋺八郎であった。今この毒婦を許せばまた祟りを為すでありましょう、と。
「情けなや、一度は助けると言って望みを持たせておきながら、家来の言葉にたちまち心を覆す意気地なし、呪われるがいい、末代までも悪霊となって里見の家にこの玉梓が祟ってやろうぞ。……そう叫びながら、玉梓は首を落とされた」
 市役所内は、ただしんとして、ゝ大の声のみが朗々と響いていた。
 幾年月が経ったある時、隣国安西景連の領を酷い飢饉が襲った。景連は隣国のよしみ、助けてくれと義実に申し入れた。義実は快く聞き入れ、多額の援助を惜しまなかったがその翌年、皮肉にも今度は義実の領が酷い飢饉に見舞われたのだ。この前の恩義もあるのだから、助けの手を返してくれない事はあるまいと、義実は景連へ援助を乞うた。だが、景連は助けるどころか里見家が飢饉にて弱り果てているのを機と見て、大軍を仕立てて滝田城を包囲してきたのである。
 烈火の如く怒り狂った里見義実とその家臣たちは、安西の大軍を迎え撃った。しかし、元々飢饉で弱り果てている軍である、旗色はみるみる悪くなり、もうあとは落城を待つばかりとなった。
「そんな時だ。義実様が飼い犬・八房に戯れごとを申したのは」
 義実は八房に向かってこう言った。
 お前に心があるのならば、憎き安西景連ののど笛に食らい付き、その首を取ってみせぬものかな。もしもそれが叶うならば、褒美を取らせよう。魚肉をたらふく食わせてやろうか、それとも大将の座なりを与えようか……それでは不服か、八房よ。なれば、我が娘、伏姫を取らせようか。お前は伏姫の犬、姫も日頃よりお前を可愛がっている様子。お前が景連の首を取りこの窮地から我が里見家を救ってくれるのならば、お前に姫を取らせるぞよ。
「八房は見事、景連の首を取って来た。それによって、里美家を大勝利を治め、そして約束通り、姫は八房と共に何処かへと姿を消した」
 当然、義実は猛反対した。犬畜生めに大事な姫などをやるものかよ、と。
 しかし、伏姫は言った。
 これも運命なのでありましょう、と。伏姫とは、人にして犬に従うと書きまする、この八房と行くのが、私の定めなのでありましょう、と。
 そして、八房に言い聞かせた。
 畜生とはいえ約束は約束、私はお前と共に参ろう。だが、犬と人とが交わるは人の道に背く事。私は人の道に背きたくはない。もしお前が私の傍らにあっても心清らかに私を守り忠実に控えているというのならば、黙ってお前の行く所へ参りましょう。されど、もし約束を違えて淫らな事をしようとするなら、私はお前を殺して私も死ぬ。守れますか。
 八房は、誓うと言うように、一つ吠えた。
 そうして、八房と姫は姿を消したのだ。
「それから半年ほど過ぎた頃であろうか。私は富山の山中で、八房と伏姫とを見つけた」
 今まさに入水せんとしようとしていた伏姫の傍らに犬がいて、思わず銃の引き金を引いた。それは八房を貫くと共に、伏姫の胸をも貫いたのだが、伏姫の傷は運良く急所を外れており、一命を取り留めていた。
 だが、伏姫は泣いた。なぜ、生きているのかと。
 伏姫が言うには、春頃から腹が妙に膨れ、気分が悪くなっており、これは何かの病を得たに違いない、なんとはかない一生だろうと涙に濡れていたのだと言う。そしてある日、水を汲みに川面をのぞき込むと、なんとそこには犬の頭の姿の自分が映っていた。驚いてもう一度見直すと、人の顔になっていたが、これはどうした事かと戸惑っていると、そこに一人の童が現れた。その童は神の使いであったのだろう、それが言うには、伏姫は病ではなく、八房の子を孕んだのだと。
 伏姫は驚いた。天地神明に誓って八房と夫婦の契りなど結んではおらぬ、この身は潔白である、と言うと、
「人は交わらずともただ<気>に感じて孕むこともあり、八房と暮らすうち、八房の強い<気>と、父が伏姫を八房の妻にと決めたからには、八房を夫と思う<気>が感じ合って胎内に八つの子を生したのだ」
 伏姫はこれを恥じて入水しようと決意したのだった。
「では、その時の状態で実体化を……?」
 植村が言うと、ゝ大法師は一つ首を振った。
「伏姫様は、確かに一命を取り留められた。だが……その後、自らの守り刀で腹を割いて亡くなられた。もはや、生きてはいられぬこの身の上、とおっしゃられて」
 ゝ大は目を伏せる。
 そして植村の目を真直ぐに見た。
「映画では、確かに伏姫様は亡くなられたのだ。八房の<氣>を受けての懐妊とは言え、人の道に背いた懐妊なのだ、と恥じたからだ。自らの腹を裂いてまで、伏姫様は胎内に子がない事を、証明なさった。伏姫様は、笑っておられた。その、最期に。だのに」
 伏姫は、実体化した。
 懐妊した状態で。
「しかし……しかし、それは無理です。監視所には常に人がいるんです」
「居らなんだ日もあったろうよ。聞けば、伏姫様が此処へ参られたのは、四月十四日だそうではないか」
 ゝ大が言うと、植村は思い出すようにこめかみに手をやった。
「ええ、……ええ、確かに十四日にいらっしゃいました。その時は酷く驚いた様子でしたが、実体化したムービースターはほとんど皆さんそんな状態で」
「その時、姫様は懐妊しておられたのだ」
「ですが……「穴」に身投げをする隙なんて」
 そこまで言って、植村ははっとした。
 ……あった。
 あったのだ。
 珍しく長く、誰も訪れなかった日が。
「そんな……では、あの時……?」
 植村は愕然とした様子でゝ大を見上げた。ゝ大は瞑目した。
 「穴」の今後の方針として、会議が始まったのは四月十三日。
 『里見八犬伝』から伏姫が実体化し、市役所にやって来たのは四月十四日。
 酷く狼狽した様子で、市役所を去ったのも四月十四日。
 会議が終了したのは、四月二十四日。
 会議の結果、「穴」調査隊が再編され、準備に入った。
 十七日以降になってから発見された、何者かが侵入した形跡。
 銀幕市に飛び散った、八つの光。
 そして、四月十四日から十六日の間、監視所には人が居なかった。
「そんな……そんな、だったら、伏姫は? 彼女は今、どこに?」
「街には居らぬ。どこか別の場所で、氣を蓄えておられる。だから先に、玉が街に散らばり、伏姫様に氣を与えんとしておるのだ」
 植村は青褪めた顔で腰を落とす。ゝ大はやはり神妙な顔で、言葉を続けた。
「……先にも言うた通り、今街で悪行を成すは仁義八行の玉と呼ばれる八つの玉。本来は八犬士が持ちその力を制御するのだが、その犬士は此処に居らぬ。元々、あの玉は伏姫様が御自害なされた際に姫様の腹から八方に散ったもの、姫様の意に沿うても不思議は無い」
 そこまで言うと、ゝ大法師は深々と頭を下げた。
「どうか、伏姫様のお怒りを鎮めて欲しい。あまりに変わり果てた姿を、ワシはもう見ておられぬ……恐らく、玉を壊せば姫様へ流れる力は止まり、姫様自身の力も弱まろう。どうか、玉を破壊してくれ」

●二つの玉
「礼の玉か」
「そういうおぬしは、忠の玉……だな?」
 夜闇の中、2つの玉が淡く光を帯びながら、向かい合っていた。
「他の玉は、どうだか分からぬが……我には、無理だ……」
 表面に『礼』という文字が浮かび上がっている玉が呟く。
「我は、姫様を尊敬している……負の気に身を任せ、この街の者たちを殺しまわるのは……姫様の望むところでは、ないだろう……それに、そんな姫様も我は、見とうない……」
 時折、強く光りながら、礼の玉は目の前の忠の玉へと告げた。
「だから……他の玉たちを壊してから、我のことも壊してくれる者を探そうと思う……忠の玉よ、おぬしはどうだ? 姫様のことを思うなら……共に、他の玉たちを討とうではないか」
「……断る」
 深く、沈んだ声で言った忠の玉の答えは、否。
「……そう、か」
 忠の玉の言葉を聞き、礼の玉は弱々しく光りながら、呟く。
「ならまずは……おぬしから、破壊させてもらおう……っ!」
 強く光りながら礼の玉はそう告げると、その場から退いた。

●回避、そして……
 忠の玉と話した場所から退き、態勢を整えようと礼の玉は、自身の声を聴いてくれる者を探し回っていた。
 そして、数刻と立たぬうちにふと、空気が震えるのを感じる。
「そう……来るか」
 呟き、礼の玉は更にその場から退いた。大きな波が来ぬうちに、と――。

 翌朝、礼の玉の姿は対策課にあった。
「自身以外の仁義八行の玉を破壊してから、自身のことも破壊してくれる者たちを募る、と……」
 宙に浮く礼の玉を前に、植村は今、その玉から説明されたことを繰り返した。
「うむ……。他の玉が今、何処に居るのかまでは分からぬ……だが、昨夜、忠の玉には会ったのだ……。忠の玉にもこの話を持ちかけた……けれど、我らが見解は違ったようだ。……だから、まずは、忠の玉を討ちに行く……! そのために、共に戦ってくれる者を必要としているのだ……!」
 誰か、居らぬのかと付け加えながら、礼の玉は強く光るのであった。

種別名シナリオ 管理番号528
クリエイター暁ゆか(wrds2873)
クリエイターコメントこんにちは、暁ゆかです。
コラボシナリオへのお誘いです。
ちなみに、コラボ初参加です!

まずは、コラボシナリオ全体の注意です。
今回のコラボレーションシナリオ【銀幕八犬伝】における個々のシナリオの最終目的は負の力に汚染された仁義八行の玉の破壊になります。ただし、参加されたPC様のプレイングの内容によっては、玉が破壊されない可能性もあります。
よって、今回、公正を期すためキャラクターのクリエイターコメント欄による補足は考慮いたしません。ただし、PC間の交流状況など、直接シナリオの内容と関係しない部分は参照します。

【銀幕八犬伝】に関するシナリオは、第二次『穴』調査隊が派遣される前に起こった事件になります。
また、同日同時間に起こった事件ですので、同一PC様による複数シナリオへの参加はご遠慮ください。

そして、このシナリオに関する説明です。
まず、依戒アキラWRのシナリオと密接にリンクしております。

オープニングより読み取れますように、皆さんには礼の玉の下に集まっていただき、他の玉(といいましてもシナリオの関係上描かせていただくのは忠の玉相手になります)を破壊、そして最後には礼の玉を破壊していただきたいと思います。
礼の玉の意思に反するようなプレイングは反映しにくいと思われますので、ご注意ください。

では、皆さんの参加、お待ちしております。

参加者
古辺 郁斗(cmsh8951) ムービースター 男 16歳 高校生+殺し屋見習い
小暮 八雲(ctfb5731) ムービースター 男 27歳 殺し屋
森部 達彦(cdcu5290) ムービースター 男 14歳 中学生+殺し屋見習い
千曲 仙蔵(cwva8546) ムービースター 男 38歳 隠れ里の忍者
コキーユ・ラマカンタ(cwuy4966) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
ミリューン・グローリー(cpaf7646) ムービースター 女 15歳 儚い夢を望む剣士
<ノベル>

●協力、そして情報収集
「おめぇすげぇなぁ!! 姫さんの、本当の望みの為に……。やろうと思ってもなかなかできるもんじゃねぇ。力貸すぜ」
 コキーユ・ラマカンタは涙ぐみながら、礼の玉に向けてそう言った。
(「これは宿命なのでしょうか?」)
 礼の玉の話を聞いたミリューン・グローリーは彼女が持つ一振りの剣へと視線を落とした。それに銘打たれた文字もまた、八犬伝の物語に出てくるものと同じであった。
「……忠の思いは正しいのでしょう。でもぼくの剣たちは、特に忠の剣がそれを否定してます」
 ミリューンは一振りの剣を鞘に収めたまま、前に差し出して言う。
「剣に心があるとは思ってませんが、ぼくの剣たちから声のようなものが聞こえる気がします。……そう、思っているだけかもしれませんが……。礼、持てる思いをぶつけなさい!」
 言って、礼の玉へと協力する旨を告げた。
 千曲 仙蔵、森部 達彦、小暮 八雲、古辺 郁斗の4人もまた、礼の玉の話を聞き、協力すると告げる。
 八雲と仙蔵は玉を破壊する方法、他の――特に、忠の玉の持つ能力のことなどを礼の玉へと訊ね始める。
「攻撃方法とか、能力的なものは何か分かりますか?」
「能力か……念力に近いような力の波動を飛ばして、物理的な力を加えることが出来る……あと、移動なのだが、ある一点からある一点へ瞬時に移動することが出来るのだ……攻撃しようとしたら、その場に居なかった、ということがあるかもしれん……その点は、気を付けねばならぬところだな」
 八雲の問いかけに、礼の玉は明滅を繰り返しながら答えた。
「テレポーテーション、みたいなものだろうか?」
 移動手段を聞き、仙蔵がぽつりと呟く。
「じゃねぇの? 他は……弱点とかあれば、教えて欲しいんですが」
 仙蔵の呟きに、八雲はこくりと頷いた。そして、更に情報を引き出そうと礼の玉へと訊ねかける。
「残念ながら、弱点という弱点はない……」
「そうか」
 礼の玉の返答に、仙蔵も八雲も残念そうにしながら、話を続けた。
「勉強になるなぁ……」
 達彦は八雲の礼の玉への対応を見て、そんなことを呟く。
 八雲たちの聞き出した情報を元に、忠の玉へと対応すべく作戦を考え始めた。
「なんでおめーだけそんな風に動けんのかなぁ? 本来の性格の問題なんかな? 邪気みたいなもんがおめぇに来たときに特別何かしたとか、ねぇ?」
 コキーユは作戦会議の途中、ふと礼の玉へと訊ねた。
「いや、特別何かしたなど、身に覚えはない……まぁ、おぬしの言うとおり、性格の問題などもあるのかも知れぬな……」
 礼の玉は頷くように淡く光りながら応える。
「移動手段を考えると、互いに礼の玉を挟んで直線状には立たないようにした方が良いだろう。飛び道具などを使うものがいればなお更。避けられて、仲間に当たっては危険だ」
 仙蔵が皆に告げる。
 他の者たちはそれに納得して頷いた。
「昨日の晩、市街地の一部に膨大なエネルギーが放たれ、市民が巻き込まれているようですね……この辺りなのですが、何か覚えはありませんか?」
 八雲がふと耳にしたニュースから、地図を広げて礼の玉へと訊ねかけた。
「ここは……昨夜、忠の玉と接触した後、一度一息ついた場所ではないか……大きな力の波動を感じて、すぐにその場を去ったのだが……」
 ぽうっと点滅を繰り返しながら、礼の玉は答える。
「……膨大なエネルギー……、忠の玉が我を狙って、放ったのだろう……まだ近くに忠の玉が居るかもしれん……」
 強く光り、礼の玉は昨晩出会った忠の玉の気配を捜した。確かに、地図で示された被害にあった辺りから感じられなくもない。
「向かってみましょう。居れば、作戦の元、破壊するべく動けば良いだけです」
「先生の言うとおりだぜ。礼の玉、早速行きましょう?」
 八雲の言葉に郁斗は頷き、礼の玉に行動を促す。
 他の者たちもその場に向かってみようと、足を向けた。

●忠の玉を討つ
 礼の玉が感じ取る忠の玉の気配を元に、一行は市街地の一部へと来ていた。
「忠よ……!」
 礼の玉は忠の玉を発見すると声をかけた。
「……来たか」
 忠の玉は覚悟を決めていたかのように、明滅しながら礼の玉たちの方へと向き直る。
「行くぜっ!」
 コキーユの声と共に、一行は忠の玉へと駆け出した。
「全力で行かせてもらうわ!」
 ミリューンは、ロケーションエリアを発動させ、手元に8本の剣を呼び出した。そのうちの7本の小剣を忠の玉へと向けて放つ。
 次々と襲い掛かってくる小剣をテレポートのような力で瞬時に移動することで避ける忠の玉。ミリューンは忠の玉が移動する距離を見て、7本目の小剣が攻撃するのと同時に、彼が移動するであろうところへと踏み込んだ。
 7本目の小剣の攻撃を避け、瞬時に移動した忠の玉に向かって、8本目――ミリューンの手にした剣が振り下ろされた。
――キンッ!
 刃と玉とがぶつかる。
 玉の表面に傷がつき、小さな欠片が飛び散った。
 コキーユは、棒状の武器で忠の玉を突くけれど、何度突いてもテレポートのような力で移動され、交わされてしまう。
「くそ、避けるんじゃねぇ!」
 棒の端、縛ったワイヤーロープを解くと、そのロープが伸び、棒だと思われていた部分が7つに分かれ、七節棍と化した。
「白凪、行くぜっ!」
 相棒の――七節棍の愛称を呼び、コキーユは忠の玉目掛けて振るった。一撃目が交わされてもすぐさま振るう方向を変え、次の手を繰り出す。
 交わされても次の攻撃に移る……何度か、繰り返したところ、コキーユも忠の玉が何処まで移動するかが分かってきて、数撃与えることが出来た。
 自身の気配を完全に隠して、忠の玉に悟られないように近付いた仙蔵は、独特の方法で唇を震わせた。震わせた唇から空気に干渉し、忠の玉の周りに空気の渦のようなものを作り出す。
「……なっ!?」
 不意に自身が重くなったように感じた忠の玉は、思わず声を上げた。
「八雲、今のうちだ!」
 仙蔵の声かけに、思うように動けず、テレポートのような力も発揮できない忠の玉に向かって、八雲が両の手に構えた銃の引き鉄をひき、乱射する。
 放たれた弾丸は、玉の表面へといくつもの傷を与えた。
「……今だな」
 遠距離からライフルを構えていた郁斗も風を読み、適した風が吹いてきたときに、ライフルの引き鉄をひく。
 ライフルから放たれた弾丸もまた、一直線に忠の玉へと向かい、表面に傷を与えた。
 舞を演じるような軽々とした独特の足運びで、達彦は忠の玉へと近付いていく。
 忠の玉の周りは空気の渦が取り囲み、身動き取れにくくなっているため、達彦が近付く寸前で、仙蔵がその術を解いた。
 達彦の一撃が忠の玉を襲う。傷ついた忠の玉に罅が走った。
「おのれ……ッ!」
 忠の玉は明滅を繰り返しながら、自身の中にエネルギーを溜める。そして、皆に向かって、そのエネルギーを波動に変えて放った。
 エネルギー波は、礼の玉を含む皆を襲い、傷を与える。けれど、昨夜、市街地の一部を襲ったほどの力は出ていなかったため、皆を吹き飛ばすほどではなかった。

●壊れる刻
 テレポートのような力で逃げられながらも徐々に忠の玉へとダメージを与えていく。
 表面は傷だらけで、罅も深くなりつつあった。
「忠よ……!」
 礼の玉が声をかける。
 そこへ忠の玉が最初に放ったエネルギー波に巻き込まれたりしながら、一度は忠の玉の元を訪れ、追い返された者たちがやって来た。
「我は、この街の者たちを殺しまわりとうない……姫様もそのようなこと、本当は望んでおらぬはずだ……!」
 礼の玉は点滅を繰り返しながら、忠の玉へと語りかける。
「けれど、我らの意見は違えた……おぬしは他の玉を討つことはしない、と……。これだけ討ち合っても違えたままだというのならば……我は、主を討つ……っ!」
 礼の玉の周りの空気が震える。彼へとエネルギーが集まっていく。十分に集まったところで、礼の玉はそのエネルギーを忠の玉目掛けて、撃った。
 忠の玉はその場を動かず、礼の玉のエネルギーに貫かれ、砕けた玉の欠片が飛び散った。

「1つ、2つ……」
 忠の玉を討った後、礼の玉は他の玉の気配を探った。街の至る所で討伐されていくのを確認していく。
「……恐らく、ほとんどの玉が主らのように、この街に住む者の手によって破壊されたようだ……心残すことは、ない……討ってくれるか?」
 淡く光っていた礼の玉が、コキーユたちに向かってそう告げる。
「お前の気が確かな内はむざむざ壊れなくてもいいんじゃねぇの? 姫さんはどうすんだよぉ? 残していくのか?」
 忠の玉へは躊躇いなく攻撃をしていたコキーユも礼の玉の破壊には躊躇してみせる。
 他の者たちも共に戦った身として、彼を破壊することに躊躇いを見せた。
「では、私が……」
 ミリューンはそう告げると、一番長い剣で礼の玉を貫いた。
 先の戦いで傷を追っていた礼の玉はその一撃で全体に罅が入り、欠片が散っていく。
「ごめんな。けど、忘れねぇぜ、おめぇの志」
 コキーユは飛び散った欠片を拾い上げ、呟くように声をかけた。

 ★ ★ ★

 ゆるゆると陽が沈んで行く。
 生温い風が臭気を運んで行く。
 まるでそこにあるすべてのものが、それの場所を知らせるかのように。
 ゝ大法師は山を歩いていた。
 昔と、同じように。
 あの時も、彼女を捜して、こうして山の中を歩いた。
「──伏姫様」
 そして、見つけた。
 川が流れている。
 川。
 そう、川の向こう側……。
 そこに、姫がいる。
 そして傍らには、ボロボロにひび割れた『義』と書かれた玉。
「金鋺大輔殿か……また来たのかえ」
 美しく豊かであった黒髪は、今は白く振り乱されている。
 ふっくらとした可愛らしい唇は、乾涸びて割れている。
「殺しに来たのかえ、金鋺大輔。それとも、また外してくれるのかえ?」
 にぃ、とわらうと唇は引き攣れ、ぷつりと切れて血が滲んだ。
 ゝ大は俯いた。
「その名はあの時、捨て申した。……姫様を殺してしまった、あの日に」
 言うと、女は笑った。
 森が不気味にざわめき、その声を掻き消して行く。
「金鋺大輔、金鋺大輔よ。私を殺しただと? 殺しただと! 貴様、貴様が殺したと! ひひひ、笑わせるな、笑わせるでないぞ、貴様が殺したなどと!」
 目は赤く血走り、瞳からは赤い涙が幾筋も幾筋も零れ落ちていく。
「一思い、一思いに殺せぬなら銃など手にするでない、愚か者。迷うておる、迷うておるのだろう、金鋺大輔? 知っておる、知っておるぞ、貴様、私に懸想しておったろう。ひひひ、ここで叶えてやろうか、我は生き返った! 幸せか、幸せであろう、八房もおらぬ、貴様のものになってやろうかぁあははっはははははっ!」
 ゝ大は唇を噛む。
 思い出されるのは、鈴を鳴らしたような愛らしい声。
 春の花が咲くような、優しい笑顔。
 空は血色に染まっている。
 俯いていると、すぅと細い枯れ木のような白い手が、ゝ大の頬に伸びて来た。目の前には、自分を見上げる少女。
「……私を見られぬか。さもあろう、のう、金鋺大輔」
 いとおし気に頬を撫でる手。
 ギリギリと爪を立てて、その頬を赤く染めた。
「まっか、まっかにならんとのう、貴様、貴様もならんとのう、目を、目を閉じるな、閉じる出ない、貴様、貴様が閉じるでない、見よ、見よ、貴様の罪を見よぉおおおおお!」
 ゝ大はただ目を閉じてされるがままに引き裂かれた。
 頬の肉が削られ、白い骨が覗く。
 女は笑いながら削り取った肉を握り潰す。それから滴る血を赤く長い舌に絡ませて笑い続けた。
 まっかだ。
「うまくいかぬのう。残った玉も『義』の玉のみ……ふふ、義はよいのぉ、戯れは面白かったか?」
 『義』の玉はふよふよと弱い光を放つ。それに、女は笑った。
「そうかそうか、ふひひひひひぃい……我も、我も戯れたいのう、のう、金鋺大輔? 降りたい、降りたい、ここから出してくりゃれ」
 削られた頬から流れる血が胸に降りてくる。べったりと血塗れた上に、女は頬を寄せた。ゝ大は動かぬまま静かに言い放った。
「……なりませぬ」
 削られた肉の隙間から空気が漏れる。垂れ下がった皮がその空気に揺れた。
 女は笑う。
「なりませぬ! なりませぬだと! ひひひい、金鋺大輔、貴様は変わらぬ! 変わらぬ変わらぬ変わらぬ、ではまた殺し損じるがよいぞぉおひいいいいいっ!!」
 笑う。
 甲高く。
 風が。
 生臭い風が運んでゆく。
 今度こそ。
 間違いは起こしてはならぬ。
「損じるがよいぞ! 貴様は私を殺せぬからなぁっ! ふひひひひ、今度は自ら死んでやらぬぞ、生き恥を晒せと申した者共にものど者共に思い知らせてやらねばなららならないのだからぁああああ」
 今度こそ。
 ゝ大は銃を構える。
 間に合わなかった。
 また、間に合わなかった。
 だから、今度こそ。
 為損じぬよう、こうして。
「なんじゃぁ、黒い筒を私に向けるとは、不忠者めが、手柄も上げられず帰ることもせず挙句私を殺し損ねた損ねた筒をまたたたまたまた向けたむけるむけるまたたまたまた」
 額に。
 指に力を込める。
 引き金を引く。
 筒が。
 天を撃った。
 ゝ大は目を見開く。
 『義』の玉。
 ぼろぼろにひび割れた『義』の玉。
 『義』とは正義。
 義の者は命令では従わぬ。
 義の者は奴隷ではないからだ。
 義の者は自らの義の為に義を尽くす相手の為に義を貫く。
 『義』が選んだのは。
「いひぃひひひいあああはははははっ! 損じた損じたぞ、また損じたぞ、金鋺大輔、それでこそ貴様きさまさまよよおおぉおおいひひいひひひひ」
 伏姫。
 ぞぶり。
 腹。
 腹に。
 腕。
 細い。
 枯れ枝のような。
 声。
 笑い声。
 笑い声。
「さらば、さらぁばばかなかなまま金鋺だ大だいだいすす輔ぇえええ、あは、ははは、はは、は、」
 銃声。
 笑った顔。
 醜く引き攣れ深紅に染まった顔。
 ゝ大はじっと見つめていた。
 ひび割れた『義』の玉は、二度同じことをする力は残されていなかった。
 笑い声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
「今度こそ、おさらばです。……伏姫様」
 『義』の玉は粉々に散って。
 笑い声の主は干涸びた黒い灰になって。
 消えていく。
 溶けていく。
 生臭い空気を一掃するような風が吹いて。
 がしゃり。
 銃が地に落ちる。
 崩れ落ちる。
 山伏姿の男。
「……姫様」
 流れる。
 瞳から。
 溢れる。
 次から次へと。
 止めども無く。
 ごろり。
 転がった。
 夜が来る。
 空には。
 満天の、星。

 笑った。

 そこには。
 一つのフィルムと、一丁の銃が残った。

クリエイターコメント【銀幕八犬伝〜礼の章〜】我、姫を敬い玉を討つ、納品させていただきます。
参加、ありがとうございました。
公開日時2008-06-07(土) 19:00
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